活きる事について

愛してるとかいないとか。

一緒に寝たり(ただの布団のシェア)

一緒に出かけたり

 

本当にかえって純粋に楽しいと思う。

ただ、時たま無性に話したいことがあったりすると、これは話す相手が思いつかないとか、癖で話したいだけなのではないか?と、ワンクッション考えるようにしている。

お店に遊びに来た日に泊まるのは構わない。

けれども、それ以上扱いも、それ以下扱いもする必要が無くて、100%の思いが向いていた所から、私は180度興味を失うけど、それでも残した半分に、やはり相手は安堵とともに、寂しさや悔しさやも一応感じるものなんだろうと思う。

半分残してあげているだけって事は、あまり言うべきことではない。

完全に居なくなっても、まあ、もう、平気なんだろうと思う。

 

今まで嫌われたくない、失いたくない、私のもの!って感覚が物凄く強かったから、そこから興味を失うエネルギー移動が、ほんとそれは想像以上にキツいよって、元夫に今日言われた。

 

でも、ちゃんと皆好きなんだよ。

今まで好きだった人達も。

 

そして、私の話は、比較的上手い方だし、聴くのも比較的上手い。

それで通じてないから、あの人は聴くのも話すのも両方下手なんだと思うし、それはそれで少し珍しい。

どっちかが下手なのは良くいるし、対処しようもあるけど、ただ、完璧に通じ合えるなんてのは存在しないだろうな。という事。

 

 

元夫の姉が出産した。

先輩の赤ちゃんを抱っこした時は、発狂しそうな程子供欲しいとおもったものだけれども、

 

別れた夫の家の血が繋がっていく事への安堵感が大きすぎた。

姉の自尊心の復活はとても嬉しい。

冷静に話していればとても楽しい人だからだ、そして自尊心の引くさと反比例する理由なきプライドとか、そういう状態の姉とはとても話したくないだけだ。

 

人間怒っちゃうことも大事だぞー!嫌なものは嫌って言ってみろ!!だれも聴いてはくれないぞー!!大人になんかなっちゃダメだぞ!!と、赤子に語りかけていた。

 

 

 私は割かし平和に生きています。