活きる事について

母と娘と。

正月早々に母親と大喧嘩する。

泣き叫んで怒鳴って引き付けを起こす私の背中をさすり続けるパートナー。

 

正月早々に地獄絵図である笑

 

わからずやだね!!って言われて笑う。

 

寝て起きた時の腫れた顔見てまた笑う。

 

色々な想いがある。

 

母親は、母親であると。

 

毒親を毒親にしてるのは娘のせいでもあると思うんだよね。

そもそも毒親という表現を簡単に使いたくないわけだよ、殆どの娘は。

勿論、それが毒親の罠だ!!って言われるけど。

それでも母親は母親なのである。

 

そして、そういう家庭環境になったのも、母親の姿になったのも、母親自身の責任では無い。

戦争を潜った祖母と母の関係、祖母と曾祖母の関係………

総てが結果、そうなるのであって、仕方ないと言えば仕方ない。

 

そして、その親子関係や、家柄というのか、家庭の歴史は、他人には絶対に理解出来ない。

助けてもらえるとしたら、泣きわめいてる時に寄り添ってくれる。

それだけだし、それが、何よりも有り難い。

 

外で仕事をする様になって、いやいやこうしようよって話しても、相次ぐ否定に辟易してしまう。

 

どうせ嫌なんでしょ!

って責められても、それは建設的じゃないよと言っても話が進まない。

否定したいのはきっと、兄であって私じゃない。

言いたい事を言いたいのも、私に対してじゃなくて兄に対して。

 

いつも、もう疲れちゃったよで終わる。

もう関わりたくねえよと思う。

 

自分が思考停止する瞬間瞬間を思い返す。

何か意志を持って失敗する度に、ほら私の言う事聴かなかったから!って言われる。

 

そして、今、私は後輩に対してそうだ。

人との関わり方その物が、そっくりで。

そのままで。

 

今の仕事がまるでそのまま、そう。

 

やってもらえる環境を作り出そうとしたり。

言う事聴かなかったら追い詰めるし。

なんつー虚しい事でお金貰ってるんだろう?と思う。

 

けど、私の中に、そうじゃない形の、この仕事の仕方を見つけ出したいという想いがある。

 

怒らない事。

悲しまない事。

拗ねない事。

 

そして、常に、ありがとうと、ごめんねは言い続ける事。

心から言い続けたい。

 

私が持ってるお得な立場は、既得権益じゃない。

努力して、技術を習得して、投資して、得たものだけど、物凄く脆弱だ。

お金が発生している以上、切るのは向こう次第だ。

 

自分にとって、金払ってまで人の世話を焼いて居たい人を見ると、安心する。

キッカケはそこだったのかもしれない。

自分は、間違って無いと思いたかったけど私自身が世話を焼きたくない以上、その様な性質を心から尊重する事は出来ない。

 

ありがとうと思う。

ごめんねと思う。

 

それを忘れたく無いけど、それを言う時点で私は「違う」んだと気づく。

 

ありがとうとごめんねが、ただの飴である時点で、支配的だ。

 

独立した一人で、

そして、何も頼らなくても生きて行けて、自由参加型の円香の生活が大切なのだ。

 

自分の身の丈に合ってない仕事を引き受けて、パニック起こすのも、ダサい。

やりきらないと、ダサい。

 

わーわー

騒ぐのも、ダサい。

 

正月早々に大喧嘩したのは、物凄く不愉快だけど、その分少しスッキリしたし。

今年やってしまおうと思ってる事もできそう。

結果オーライ

ポジティブに考えられる事でもある。