活きる事について

学ぶ事

最後のチェック受けてきたのよーん。

 

とくよさんに、最初に、まどかちゃんにはガツガツしないで、怒らずに注意せずに行こうと思ってた。

既に厳しいのは受けてきたでしょ?

と、言われて。

 

はっ!!!!とした。

 

私が心底好きだと思ってる人達は、皆そうだ。

私に対して厳しさを求めない人達だ。

私が、やる気が無いのでは無い事を知っていたり、私の尊重するポイントを知っていたり、今はきっと別の事でいっぱいいっぱいだって思ってくれたり。

そして、イラッとしても私にそれを直接向けない人だ。

 

厳しさの愛情を受け取る事も私は出来るけど。

それは技術だけどさ。

ただ、一つ思うのは、

これは、少々自意識過剰な、横柄な言葉になるけれど、

 

私は、常に考えてるつもりなのよね。

わからんこと、わかったこと、わかりたいこと。

常に明確に見据えていたい。

 

まるごとコピーする学び方も出来るけど、それをやってしまうと、応用は出来なくなる。

 

これは、エビデンスもあるし。

 

そして、実体験でもある。

と言うか、実験した。

修行中の最初の半年は丸暗記でやっていた。

丸暗記をすると、一般的な知能レベルでは応用力、想像力、対応力を失う(アスペルガーの人は、応用、想像、対応まで暗記すると、社会性を行使して社会人として居られる可能性がある。)

 

当然、半年はある程度のミスへの対処までを暗記する集中力でやっていた。

けれど、不測の事態は、そんなレベルでは無いし、まだまだペーペーなら許された。

 

半年過ぎると後輩が入ってくるので、多少ミスは増えても対応への速度が上げなければという意識が起きるお役だった。

 

そして、二年目には後輩のミスまで対応していかなければならなくなった時、私は完全に暗記を辞めて、妄想に耽る様にした。

それこそ、ホモだのレズだの大凡関係の無い妄想。

あり得ない状態への冷静な判断、ヤバそう?っていう想像、教える時の理屈。

そういった物は、暗記を辞めて妄想に耽っていると格段に上がる。

 

そして、もう一つある。

暗記はいつでも出来る。

そして、最低限覚えるのは「形」だけで、それをどう構築していくのか、それは、相手によって様々だと思っている。

 

立ち上がり方、座り方、手の所作、足運び、物の持ち方、あるべき形だけを、覚えておいて、その役毎に組み替えて、次に必要な事に向かう為に何の形を嵌めればスムーズなのか、それが、私にとって一番効率の良い学び方だった。

覚える最低限の事、メモにする最低限の事。

それを見抜いて引き抜いておけば、何のお役を頂いてもこなせるわけだから。

 

そして、私はずっとその方法をとっている。

それは、全く伝わりにくい。

そもそも眠い状態で、栄養も乏しい状態で、最も省エネな学びに関しては、私はそうそう負けない自信があった。

なので、敢えて糞忙しい時でも、講義を受けてしまえる。

 

当然、落ち着いて、それだけが出来たのならもっと効率良かったかもしれないけど、逆に、今しか、学びに行けなかったかもしれない、落ち着いたら、落ち着いたらって逝ってる内に終わってしまうのだ。

 

そんな状態で、そんな学び方で、快く対応してくれたとくよセンセはとてもでっけえ。

教える事を、自分が教わる前からオススメしていたけど、やっぱり、私の目は良いのです。

 

そうやって、緩い気持ちのまま時間を過ごして、私は可愛い修了証をいただきましたけど、全く学ぶ事は一生終わらないと、絶対的に思います。

そして、その事は確実にわかってくださってるという、確信、安心。

だから、素直に修了証を頂戴する事ができるのだと思う、

これがもし、厳しさの中にあったら、続く学びが壊れていたと思う。

だから、凄く、良い先生にであっているし、よい学び方が出来ている。

真面目である事も、辞めたくないしね。

 

 

 

おやすみ。