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活きる事について

日曜日のおさんどん

毎週日曜日に数日分の飯を作るという日課がある。

 

私はぐちゃぐちゃ生活でもなんとかなるけど、年末のストレス過多で徹夜仕事などをしている人にとっては、飯などはとても大切だと思う。

朝飯はパンとかになっちゃうし、昼は会社で弁当頼めるけど、元々の筋肉量が多すぎて、夜もタンパク質ちゃんととらないと、本当に死ぬんじゃないかと思う。

 

超絶と不安であるからして、

せめて週の半分程度はろくな飯を食えると良いなと思ったりする。

日曜日の半分はスーパーと料理に費やされる事二週目である。

クリスマスも今のところそんな予定。

 

なんて健気なんだ!!

と、

思うけども。

 

友人と話していて、体調崩して療養中の友人は自分なんかと居ると大好きな彼氏が勿体無い気がする………って嘆いてるけども。

私の場合、私が必要な時に居ないのは困るので、労力割いてでも健在で居てほしいと思うので、根本我儘だ。

 

自分の欲望の為であったとしても、相手の健康を気遣うなんてのは、我儘と言われないし、寧ろ評価されてしまう。

強かな我儘なわけです。

突き詰めれば我欲だと思う。

 

食客みたいなもんだ。

夫や、彼氏って、そんな物なんだと思う。

文字通り飼ってるわけだが、飼うというのにはそれなりの、飼う資格が要るのだろうよ。

三大欲求を満たすのは最低限だ。

男性は、そうやって囲い込んでもメリットがある、まずマネー経済の主軸であるし、力仕事や、生殖の相手でもある。

その要素に納得行った相手でも、こっちが三大欲求という最低限を満たせない場合持つ資格が無くなる、すぐにそっぽ向かれても文句言えない気がする。

 

時代が変わって、外での職については近くなってきたけれど、それでも用心棒として、生殖の相手として、力仕事や、話し相手として、やはり、男は魅力的だ。

 

男性にとっても逆が言える。

性欲、睡眠欲、食欲、面目、社会的信用、という物が齎されるのなら、マネーで家計を支え、力仕事を引き受け、いざと言うときに身体を張る。

 

という、フェミニズムとマッチョイズムの中頃を行くのは、レイプの多少は少ない国の平和な考え方である事を自覚しつつ。

 

それ以上を求めるならば、本当に大きなメリットで居なきゃならない、お互い様にね。

そこは相手との取引次第なんじゃないかなと思う。

結局、利益が50:50である必要すらお互いの求める物の折り合いによるわけで。

それすら、どうでもいい事だね。

 

色々考えるけどね。

眠いおやすみ。