活きる事について

ポジティブな解釈

ちょっとずつ他所様の占いの捉え方や解釈の仕方を拝見しつつ。

 

パートナーはこう言う人。

求めるのはこう言う人。

これの時期はこんな。

 

なんつう、大雑把な事を見学しつつ。

日常の中でも

そこから随分とこっぱずれてると私は思っているし、だからこそ占うのだけれども。

 

そこで私は思う。

ふむ、私がこのホロスコープを読んでいると、こうなるんだなと。

そして、私にとってこう言う人として読みたいって気持ちがある。

 

もしかしたら、凹凸で見れる事もあるだろうと思う。

 

例に上げると、

単純な星座だけで言えば、用心深い人と衝動的な組み合わせを良しとする人も居れば、落ち着かないと思う人もいるんだろうと思う。

 

そして、トリコーナーが揃ってて、割りと似たもの同士!みたいな相性の良さを求める人も居れば、真反対を求める人も居る。

依存と共依存を求める人も居る。

そこはさ、占いよりもその時々の好みになってくるよね。

 

正義を追究する人と、真実を追究するのは、もしかしたら同じ事かもしれないし。

目的地は同じでも方法が違うだけなんだと思う。

果たしてそれは相性が悪いのか?お互いの視野を広げ合う結果にならないか?って事

 

占いの基礎は吉凶だろうけど、吉も凶も時代や宗教や文化によって異なるよね。

きっとヨーロッパでは制圧が吉だし、日本では調和が吉だろうよ。

 

当たり前の事なんだけども、相性というより、重ねたホロスコープの関係性なんだ。

 

一枚の紙に全部どっちの星だ星座だとか考えずに読んで行ったら、世界その物になるかもしれない。

と、変な事を考えていたりする。

違えば違うほど、世界の要素は網羅しやすい…………

真実を求める私にとっては、こんな好都合は無い。

 

 

違う事で悲しいのは、軽蔑されたり、イライラさせたり、軽蔑したり、イライラしたりする事。

こんなやつと居たくない!と、思ったり思われたりする事。

でもそんなのは、占い関係無く、起きるし、起きて欲しくない。

そこを食い止めるのは、相手への愛情や興味の深さ、そして気遣いという物だと思う。

 

そして、興味をそそり、気遣いの在り方の参考になり、愛情を深くして、ますます占いが要らなくなるのが、占いなのかなと思う。

 

やっぱり占いはただの趣味だわ…………

 

占いなんて要らないの!!!って、思っちまったらその恋愛は勝利だよ。(占いながら言う奴)

 

そんな事を思った今日この頃でした。