活きる事について

潜在意識の書き換え

複雑過ぎて時間が足らず、駆け足の書き換えという、凄い有様で。

 

最上早苗さんにお会いしてきたよ。

 

何が問題なのかわからん!という、お前何なんだよ状態からスタート。

最上さん若干困っていた。気がする笑

 

でも途中で、色々生い立ちを引っ張ってる内に、こいつ本当にわからねえのか!!って、納得してもらった瞬間があった様な気がします。

 

ここで、わたくし思います。

相手は受け入れる事をお仕事にされてるわけだけど、それでもわけがわからんことはあるという事を前提に、伝えて行こうと思えばちゃんと伝わるんだよね。

勿論受け入れるポテンシャルが高い方だからこその部分はあるんだと思うんだけど。

 

メソメソしながら自分の話しをしたのは久し振りだなー

カウンセリングは大事。

それだけでもスッキリするというか、しんどかったのか!!って思う。

そして、そのしんどさというのは、もう終わった事だから、乗り越えた物だよなと思う。

留まってるのは、意識だけで、時は容赦なく過ぎ去って行く。

無常だわ、後から労う事が出来るのって有り難いわ。

 

そして、自分自身の事にわざわざ時間を取ることって、普段全然出来ないの。

一人で考え事してても、結局、あの人にこの人にってなるわけで。

出来ないなら時間と船頭を買うのは合理的だ。

 

それから、何を書き換えてもらったのかはあまり書く気にならないんだけど。

 

人間はパートナーにする相手が、自分を象徴してるんだな~と思う。

私だけかもわからんが。

 

切り捨てたい物、新たに進みたい物、象徴的に存在している。

 

相手に対する自分のスタンスを理解すると、自分の願望が見えてくるって、よく言われてるけど、ここまで深い物なのか、と、思わされる。

 

逆に、パートナーは自分の意識のアイコンでしかないのかもしれない。

 

私は今、自分が頑張らなくても勝手に生きていける、勝手に生きてくれる人を選んだ、自分なんて居なくても強く生きてくれる。

という事だけは、しっかり心に留めておきたい。

 

でも、私の事はほっといたらヤバイ!って思ってて欲しい笑

愛情にどっぷり浸かって、ぬくぬく生きたい。

とかは恥ずかしくて言えなかったんだけど、結果そんな感じだったと思う。

 

 

頼られない、必要だと感じない事は少し不安だったんだよね。

自分が、もう必要とされたくないのに、今まで必要だ必要だ!!って人にしか囲まれて無かったから、未知の領域なだけで。

 

 

仏道をならふというふは、自己をならふなり。
自己をならふといふは、自己をわするるなり。
自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。
万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。

 

正法眼蔵

 

はい!逆戻りー!!!

三歩進んで六歩は軽く下がる勢いです。

 

恐らく自己というのは顕在意識の事です。

万法というのは共通意識及び、潜在意識から出た現象や顕在意識の仕組み。

他己というのは、潜在意識及び、潜在意識からでた現象。

 

なんて事を考えつつね。

 

道元さんはやっぱすげーやー!!

仏教すげーーー!!!

釈尊ばんざーーーい!!!

結論それ。