活きる事について

キチった結果

昨夜未明に、私はキチっていた。

 

マッサージ講習も出来てた事が出来ず、なかなかの忙しさで練習も出来ず。

メソメソしつつ。

ハーブボールですっごいプリプリのお尻と脚を自らなでまわしながら。

 

煮詰まる仕事

煮詰まる練習

 

こんな感じの時に思い立って自殺すんだろうな~とか考えながら、これ、真面目にヤバイやつやん!!って思って。

 

急にとくよせんせーに教えてもらったリーディングの予約を入れるだけ入れて、寝落ちしたのである。

 

煮詰まる仕事

 

の部分ですよ、大問題なのは。

 

 

 

とりあえず、うっかり死んじゃいそうだったけど、目覚めてスッキリした気持ちで、パートナーにヘルプを叫ぶ。

やっとの想いだ。

物凄く厳しい生き物なので、頑張れない奴なんて本当に価値が無いと思わされる、というか、常々と背伸びしない人間にならないでくれと言われるしね。

あんまりしょうもない事で凹んでてもみっともないし。

自分自身でいっくらでも改善出来るのに、それをできずにグズグズしている様なものなので、物凄く黙っていた。

最近は大丈夫なんだ!!って強がっていた所からの、急降下である。

 

が、話してみて。

 

いっくらプライベートな関係性を持っていても、相手方はマゾなので。

どんな形であったにせよ、私に必要とされない事が一番悲しいんだったわ。と。

今更ながら反省した。

 

最近大丈夫!!って言った時は、すっごいローテンションでハハハハと笑われて、なんでいこちとら頑張ってんだぞ!?つーかお前さんが厳しいから頑張ったんだぞ!?なんでいてやんでい!!と、思ったのだが。

やっぱり無理ですと言ったら、すっごい意気揚々と励まされた。

元カノにふられた理由は、我慢し過ぎて疲れました、だったって話を思い出して、罪深いなコイツと思うし、本当は、頼って良かったんだろうと思う。

厳しい発言ってのは結局「俺こんなすごいんだよ!!」「俺こんな頑張ってんだよ!!」って事だし、そして、結論は「だから俺に頼ってもいいんだよ!?!?」だったのかもしれない。

そこに気付けるのは、きっと本来が激烈に素直な私の特権かもしれない。

 

考えてみたら、去年の私が許されてたのに、今年の私が許されない訳がないレベルで、去年はぐっだぐだだった。

とりあえず生きる事が目標とか、どんな底辺スタートなんだよって位のクズっぷりを、唯一、懲りず、見捨てず、ゴロゴロして動けない粗大ごみのSだねとか嫌味いいつつも、一年半も一緒に居てくれたのだ。

他の人は、勿論新しく来ては離れ来ては離れだ。

来るものは選別し、去るものは追わないので。

 

その事で落ち着いて、そして、編み物でもしようと思い立ってやっていたら、かなり、落ち着いた。

 

編み物や縫い物は禅だからね。

坐禅と同じ。

 

そして、落ち着いた気持ちで、仕事でも潜在意識に潜れる気がしてきたので、セッションが楽しみなのでありました。

 

兎に角、私は秋が嫌いなのである。