活きる事について

深層心理

自分にとって、凄く嫌な事を突き詰めると物凄い重い連鎖が待っていたりする。

 

やって欲しいと言われた仕事が、どうしても嫌で、嫌で嫌で。

物凄く嫌で。

テキトーな言い訳とか、理由を考え続けていたんだけど。

「仕事なら我慢すべきだ。」「それをする方が最善だ。」という内容しか思いつかなくて、こんなの嘘だと思った。

そう思ったとしてもどうしても嫌なのね。

 

私はどうしたらそこから逃げる事が出来るのだろうかと考えていたけど、思い付かない。

 

なので、逆にどうして嫌なんだろうと考えた。

 

考えていたら、知っていた人が自殺して、日常が大きく変わった場所だった。

大泣きしてしまった。

顔が腫れる程泣いた。

私は気付いていなかったのです。

自殺という物が、直接的に仲が良かったわけで無く、私が大好きな生きてる人の日常を壊した事で、私の日常が大きく変わっていた事に。

自殺は本当に残酷です。

直接関わっている人以外も巻き込んで、傷を負わせます。

 

その事に気付いて、何故私が仏教に傾倒したのか、何故私が女王様を始めたのか、理由がそこにある事に気付いてしまった。

 

凄いトラウマだったと気付いてしまった。

 

もう、テキトーな言い訳も思い付かなくて、そっくりそのまま、何故嫌なのか考えたら、それしかなかった、それでも許される方法を教えて欲しいと、オーナーに相談をした。

 

受け入れて、考えてくれた。

嘘をつくより、遥かにマシだった。

 

 

そして、それを相談した直後に、その一緒に考えてくれた解決案にピッタリ合う様な別の話が舞い込んだ。

しかも、

既に推薦してしまいました!!!という具体案付きで。

 

二つ返事で引き受けた。

 

 

私は、世界に愛されてるなと思った。

問題が起きても、正攻法には行かなくても、進む道が目の前に勝手に広がる。

逆に、性根が比較的真面目な分、問題と内省のキッカケに恵まれる。

 

真面目に考えてダメなんです、自分でもダメだとわかっている、でも出来ないんです。という事は、何か原因があるんですよ。

 

嫌だからテキトーにどうにかしてやろうと思ったら、出来たかもしれないんですよ。

オーナーに、あいつやる気を感じられないと思われても良ければ、出来たんですよ。

でも、それは違うのよ、やりたいんですよ、本当は、その仕事。

でも出来ないんですよ。

行けない場所があるんですよ。

 

真面目に生きる事のしんどさ、有り難さ、大切さ、難しさ、面倒臭さ、色々ありますね。

 

でも、それでも楽しんで生きる事が、餞になるんじゃないか、大切なんじゃないかと、言われた。

ほんと、その通りだ。

仕事も趣味も、楽しんで生きるしか、出来ないのであります。