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活きる事について

面倒くさい系女子

知人の女性と飲みに行った。

物凄く面白かった。

 

ナンパを始めたそうだ。

仕事でスキルアップ出来るかららしい、主に営業面で、売り込む事の勉強になる、と。

 

そして、それをやり始めるまでに、ちょいと書き方は悪いけれど、言い訳を沢山構築したそうだ。

言い訳と書くのは、私自身がその行動に強く共感するからです。

「理由付け」なんだけど、私自身はその必要性を信用していない。

 

私の場合、仏教の為に水商売だとか性風俗業界に属している、と、言いたい所だけど、剥き出しにしてみるとただやりたかっただけである。

 

恋愛の話も結構した。

私は恋と愛について内省する事から逃げていたんだと思った。

 

パートナーといるとき、いつも緊張する。

これしたらダメかな、あれしたらダメかな、嫌われないかな、面倒くさいと思われないかな、疲れないかな、ウザくないかな………等々と。

 

常に考えてしまうんだけれど、それに追い詰められなくなったのは、逆にパートナーのおかげだったりする。

 

嫌われたくないよでも我慢出来ないよわーーーーーーーーー!!!!!!!っていう爆発をしないで済んでいる、というか、爆発した所で、受け止められてしまう。

受け入れて貰えないけど、受け止められる。

 

それって、圧倒的な敗北感を味わうのだが、大人ですね!!って思えば思う程、己のダメさという物を許しつつ、成長出来るような気がする。

受け止められて、投げ捨てられるので、自分で立たないといけない状態のまま隣に居てくれる。

立ち直らさせられる。

 

長時間一緒に居ても、疲れなかったな〜と言われたけど、私は結構疲れた。

満たされるけど。

 

 

 

 

さて、そんな関係の中で、今まで好きになった人に対する自分の行動を検証してみよう。

 

物凄い長文のメールを送ったりする。

嫉妬する。

一人の時に常に相手の事を考えてる。

生活の中心がその人になる。

日々をコツコツではなく、老後の事を考える。

 

付き合いだす前からそんな事を考えたりやったりするので、付き合うに至らないわけだ。

 

重い!暑苦しい!!

 

が、例えばセックスをする友達という物が過去に居たことがある。

厳密に言えばパートナーも同じ部類だが。

 

大概セックスしたら好きになってしまうか、一回で終わるかである。

 

セックスは子供を作る行為だから、うっかり子供ができた時にどうするか、と、考えた時に良いなと思ったら好きになるし、

そうでなければ、一回愉しめば良いのである。

 

先日話したお姉さんの言葉で、

愛するのは簡単なんだ、

金と時間と労力を投資する物だと。

 

パートナーは私に対してその全てを注いでくれているので、それは愛情なんだと思う。

 

で、私もまあ同じである。

 

お互いにそうやって側に居る状態を保つのだ。

愛情がマックス状態なのに、何故不安で仕方がないのか、そこに恋の正体があるのかもしれない。

 

幸せそうなカップルを見て、羨ましくなったりだとか、他の女の子と楽しそうにしている相手に腹が立つのも、その他の女の子に対して羨ましく思うから。

恋は、見栄かもしれない、今現状に満足出来ていないという証拠の様な気がする。

向上心として捉えても良いけれど、ここはブッディストとして、我唯足るを知る状態になりたいものである。

よく言われるのは、他の人と出会ってみて比較して保つ方法がポピュラーだね。

それも良し。

ただ、ブッディストにとって我唯知足は、無双状態であると心得ている。

 

毎日が幸せであると、紛れもなく曇りなく真に気付くには、どうしたら良いか。

 

目の前に居るパートナーに、目の前に居る時に没頭したら良いのではないか。

 

 

パートナーという曖昧な状態で、かれこれ一年半を過ぎたが、これは最長記録であるが、その中の大きな理由に、お互いにそこそこ仕事が忙しい、私自身が水商売お湯商売なので魅力的な男性とそこそこ遊ぶ、というのがデカイ。

が、それでも不安になるのである。

失いたくないのである。

それは、きっとほんと、好きなんだろうねと思う。

 

きっと心から楽に過ごすには、比較とか距離感とか関係無く、一緒に居る時間をひたすらそれだけを大切にしてしまえば良さそうだと思う、そして、仕事してる時は仕事しとれば良い、今後実験して行こう。

 

次に会ったら、ちゃんと満喫する、緊張をしてしまう今の自分さえ、認めてあるがままを直視したら良いのではなかろうかと。