活きる事について

活きる事暮らす事

少し前に高級ホテルの最上階に招かれて友達とお話した。

 

その時に、生まれ育った家を思い出した。

物凄く良い家だった。

 

黒い大理石の玄関で。

外には螺旋階段、室内は階段室が設けられてて、普通車が四台入る駐車場に倉庫が2つ、書庫が2つ。

だだっ広いリビングには、戦前のソファーセット、曽祖父の船積箪笥

間接照明、ダウンライト

 

庭に、屋外駐車場

 

三階建、オートロックの扉は木で出来ていて硝子がハマって、金属のノブ

玄関の目隠しに硝子ブロック。

蝶のレリーフ

 

都内の一等地。

 

 

 

まあ、えげつない家に育ったもんだなと思う。

 

それも今は取り壊してしまったけれど。

本当に、今あれと同じ物を建てるのはちょっとどころか、不可能に近いかもしれないね。

 

それを壊した時から、私は四畳半の部屋でひっそり暮らす事に憧れていた。

庭があれば嬉しい、所謂タイニーハウスみたいな物よね。

 

 

 

でも、高級ホテルの最上階の空間に、私は落ち着きを覚えたんだ。

私はそれを間違いとも贅沢とも思わなかったのかもしれない。

与えられる空間。

私に対して望まずに提供されてしまった空間。

だから、構えずにリラックス出来る。

 

 

方丈記の方丈って、住職の部屋の事で、正方形って意味だと思う。

四畳半らしいけど。

 

鴨長明は、元々だだっ広い家に産まれたおぼっちゃまくん

神社だっけ?

 

 

なんか、そこから、出世とか跡取りとかを諦めて、夢を追っかけてたら追い出され。

自分の好きな暮らしをしたわけだけど、私には少し拗ねみたいな物を感じてしまう。

 

こういう暮らしをぼかぁー良いと思うね!!

って、主張しないと居られない。

 

歪んだ見方である事は確かだけど、私自身の中にはそういう想いがあるのかもしれないなと思う。

 

広い家に住んだ、暮らした事があるから、己のそれを持つ資格の無さが身に沁みる。

全くもって、分不相応だ。

 

そして、自分にとって何が必要で、何を得たのか考えると、結局いつかは方丈庵にたどり着きたいと、やはり思ってしまう。

今ある物も、今は必要だけど、いつか要らなくなる。

 

仕事中に身に着けるアクセサリーも服も化粧品も…………

 

 

そして、もし、叶うなら、近くにパートナーが居てくれたら嬉しい。

週末には一緒にご飯を作って同じ布団で寝るの、平日は働いて。

週末だけは、私にくれないかな………って思う。

 

少し前は、一緒に暮らしたかったなぁ。

今は、どうかね、お互いの時間が、週末を提供し合う以上は望みたくなくなってしまった。

どうしても会いたい時はある、けど、週末になればあえるっていう楽しみは何よりも捨てがたい原動力だ。

 

セックスも週一あれば万々歳なんだよね。

今は月一か二位だからねぇ

 

自分にとっての幸せを、真面目に考えていきたい。